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名古屋地方裁判所 昭和45年(わ)1492号 判決

主文

被告人渡邊皎を懲役三年に、

被告人小櫃博および同加賀邦夫を各懲役一〇月に、

被告人財団法人環境衛生協会を罰金一万円に処する。

この裁判確定の日から、被告人渡邊皎にし五年間、被告人小櫃博および同加賀邦夫の両名に対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人羽賀秀雄、同竹下国義、同鈴木弘、同沢野義彦、同宇田川棲および同三浦琢二に各支給した分は被告人ら四名の、証人石黒義信および同石川久男に各支給した分は被告人渡邊皎、同小櫃博および同財団法人環境衛生協会の各連帯負担とする。

理由

一、本件各犯行に至るまでの経緯等

被告人財団法人環境衛生協会(以下、これを被告協会と略称する。)は、被告人渡邊の発案で昭和三〇年一一月二五日都市の行う清掃事業に協力して公衆衛生の向上を図り国民の健康の保全増進に寄与することを設立目的とし、し尿浄化槽の清掃等をその事業内容として、実質的に被告人渡邊の出捐による寄付財産一〇〇万円をもつて、愛知県知事の許可を得て設立された公益法人であり、爾来し尿の収集運搬、浄化槽の維持管理等の業務を行い、昭和三八年末ごろからは、愛知県下の一八の市町村が加入した同県市町村衛生船管理組合から、その所有のし尿運搬船愛清丸(船種・汽船、総トン数・199.55トン)の運営維持および同船によるし尿の運搬処理等の業務の委託を受けて、同船によるし尿の海洋投棄をもその業務として行つて来たものであり、

被告人渡邊は、前叙のとおり昭和三〇年一一月二五日被告協会を設立して以来その専務理事に就任し、同協会の営業、労務、会計等業務の一切を統轄し、部下の職員を指揮して被告協会の運営に当つて来たものであり、

被告人小櫃は、昭和三二年四月ごろ被告協会に事務員として雇傭され、昭和四一年被告協会の事業部長となり、昭和四四年四月以降被告協会の経理部長等をも兼務していたものであり、

被告人加賀は、昭和三六年三月被告協会に雇傭され、昭和三九年八月以降被告協会の総務部長であつたものであるが、

被告人渡邊は、かねてより、市町村のし尿処理施設の充実普及に伴い海洋投棄の方法によつて終末処理すべきし尿の数量が次第に減少し、ひいて被告協会の運営に支障を生ずることがあるのを予想し、し尿の減少を補填するものとして企業が事業活動に伴つて生ずる産業廃棄物の処理に悩んでいることに着目し、すでに、昭和四〇年ごろから、二、三の工場の廃液をし尿に混入して前記愛清丸により海洋投棄させていたが、産業廃棄物は将来ますます増加することが見込まれ、しかもし尿に較べて処理料も高額であることなどから、産業廃棄物の海洋投棄処理が将来有望な事業となると考え、昭和四四年三月二七日、新たに、し尿および産業廃棄物等の船舶による海洋還元処理業務等を業務内容とする株式会社東海処理海運(以下、これを東海処理海運と略称する。)を設立して自らその監査役に就任し、被告人小櫃および同加賀においていずれも同会社の取締役に就任して、さきに被告協会が前記愛知県市町村衛生船管理組合から委託を受けた愛清丸の運営維持および同船によるし尿の運搬処理等の業務を処理するにつき、被告協会が右業務を従来名古屋市南区明治町一丁目三番地所在の本美海運こと本美善三に再委託していたのを止め、右東海処理海運の名のもとで事実上直接被告協会が愛清丸の運営維持等を掌握することができるようにし、また、そのころ、し尿等の艀船による輸送業務等をその業務内容とする愛知処理海運株式会社(以下、これを愛知処理海運と略称する。)を設立して貯留船から愛清丸までの中継船による輸送業務の処理態勢をも整備して、右東海処理海運および愛知処理海運を被告協会の海上部門とし、ここに陸上輸送部門、艀船による中継輸送部門および海洋輸送投棄部門の三部門から成るし尿および産業廃棄物等の収集から海洋投棄に至るまでの一貫した処理態勢を確立し、かくて同年四月ごろからし尿の海洋投棄業務と併せて被告協会の業務の一つとして本格的に産業廃棄物の海洋投棄を始めるに至つた。そして当時産業廃棄物を投棄する海面は、愛清丸の航行区域が三重県大王崎と愛知県渥美郡渥美町越戸とを結ぶ線と陸岸とによつて囲まれた水域に限定されていたため、当分の間、従来から被告協会がし尿を投棄して来た海面である伊勢湾第一灯浮標先(愛知県伊良湖岬灯台より真方位一四三度八、六〇〇メートル付近)海面とすることとした。

二、罪となるべき事実

第一、被告人渡邊、同小櫃および同加賀の三名(ただし、被告人加賀については、後記(一)の2の事実を除く。)は、

(一)  何人も港内または港の境界外一万メートル以内の水面においては、みだりに廃油等を捨ててはならず、また愛知県漁業調整規則の適用を受ける後記海面においては水産動植物に有害な物を遺棄してはならないのにかかわらず、いずれも被告協会の前記業務に関し、

1 共謀のうえ、別紙一覧表(一)記載のとおり昭和四四年九月三〇日ごろから同年一〇月一二日ごろまでの間前後四回に亘り、愛知県伊良湖港の境界から一万メートル以内の水面である伊良湖岬灯台より真方位一四三度八、六〇〇メートル付近の海面において、前記愛清丸(当時の船長榎本道雄)から水産動植物に有害な廃油合計約56.7キロリットルをみだりに排出して遺棄し、

2 被告協会の事業部第一事業課長長屋実らと共謀のうえ、別紙一覧表(二)記載のとおり昭和四四年一一月一〇日ごろから昭和四五年七月二八日ごろまでの間前後四〇回に亘り、前記海面において、前記愛清丸(当時の船長野沢定治)から水産動植物に有害ないわゆる工場廃液合計約379.8キロリットルをみだりに排出して遺棄し、

3 被告協会の第二事業部係長神原定夫らと共謀のうえ、昭和四四年一一月一八日ごろから同年同月二四日ごろまでの間前後五回に亘り、前記海面において、前記愛清丸(当時の船長野沢定治)から水産動植物に有害ないわゆる工場廃液合計約1,175.8キロリットルをみだりに排出して遺棄し、

(二)  共謀のうえ、昭和四五年一〇月一二日ごろ被告人渡邊の肩書住居において、同被告人らが被告協会のため業務上保管中の同協会の事業資金約二二万円をほしいままに着服して横領し、

第二、被告人渡邊は、

(一)  昭和四二年四月以降愛知県春日井市長の職にあり、同市を統轄し、これを代表して、同市の行うし尿等汚物の収集、運搬、処理等に関する同市と汚物取扱業者との間の委託契約の締結、これに伴い同市が右業者らに対して支払う委託料金等に関する予算の調整およびこれが執行等の職務に従事していた分離前の相被告人大野正男に対し、いずれも、右委託契約における委託料金額その他契約条件等について有利便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼および将来も同様な取り扱いを受けたいとの趣旨のもとに、

1 尾張衛生保護株式会社代表取締役水野清男と共謀のうえ、昭和四三年一二月末ごろ、愛知県春日井市月見町五、六一四番地大野正男方において、同人に対しその家人の手を経て額面合計一〇万円の商品券を供与し、

2 昭和四四年五月上旬ごろ、名古屋市中村区堀内町二丁目四五番地所在の全日通労働組合中部地区本部寮内において、前同人に対し現金五〇万円を供与し、

3 土井冨佐子と共謀のうえ、昭和四五年一月三日ごろ、前同市東区森下町五二番地所在のフジハウスB号室二本柳淳子方において、前同人に対し右二本柳淳子の手を経て現金一〇万円を供与し、

4 別紙一覧表(三)記載のとおり、昭和四三年二月一二日ごろから昭和四四年二月八日ごろまでの間前後二三回に亘り、前同市中区栄一丁目一〇番一九号所在のクラブ「バッキンガム」において、前同人に対し合計二二万九、六六〇円相当の酒食等の饗応接待をなし、

もつてそれぞれ前記大野正男の職務に関して賄賂を供与し、

(二)  昭和四三年九月中旬ごろ、愛知県犬山市大字犬山字西古券四〇一番地日比野一富方において、当時犬山市の総務部長の職にあり、同市の行うし尿等汚物の収集、運搬、処理等に関する同市と汚物取扱業者との間の委託契約の締結につき市長を補佐し、右契約に伴い同市が右業者らに対して支払う委託料金に関する予算案の編成等の職務に従事していた日比野一富に対し、被告協会が同市より支払いを受ける委託料金の引き上げ等について有利便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼および将来も同様な取り扱いを受けたいとの趣旨のもとに、同市総務部保健衛生課長田中学を介して、前同人に対して現金六万円を供与し、もつて前記日比野一富の職務に関して賄賂を供与し、

(三)1  昭和四五年一月ごろ、名古屋市中区所在の名古屋城北側の内堀沿いの道路上にに停車中の普通乗用自動車内において、当時いずれも前記日比野一富の指揮監督のもとに犬山市の行うし尿等汚物の収集、運搬、処理等に関する同市と汚物取扱業者との間の委託契約の締結に関し、右業者らとの折衝および委託料金に関する予算原案の作成等に従事していた同市総務部保健衛生課長田中学および同市総務部保険衛生課課長補佐兼保険衛生係長丹羽正守の両名に対し、被告協会が同市より支払いを受ける委託料金の引き上げ等について有利便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼および将来も同様な取り扱いを受けたいとの趣旨のもとに、現金一〇万円を供与し、

2  同年六月下旬ごろ被告人渡邊の肩書住居において、前記田中学に対し、前同様の趣旨のもとに、背広上下一着(昭和四六年押第六一号の一二)および替ズボン二本(同号の一三、二六)(時価合計約四万円相当)を供与し、

3  同年六月下旬ごろ、被告人渡邊の肩書住居において、前記丹羽正守に対し、前同様の趣旨のもとに、背広上下一着(前同号の一四)および替ズボン一本(同号の一五)(時価合計約三万三、五〇〇円相当)を供与し、

もつて、それぞれ前記田中学および丹羽正守の職務に関して賄賂を供与し、

(四)  昭和三九年四月以降愛知県衛生部環境衛生課環境整備係長(もつとも、昭和四五年四月一六日以降は同課技術補佐も兼務)の職にあり、被告協会の指導、監督、検査、愛知県市町村衛生船管理組合の事業、同県下の市町村の行う清掃事業および同県内の汚物取扱業者の業務の指導、監督等に関する職務等に従事していた早川明に対し、いずれも、被告協会に対する指導、監督、検査ならびに被告協会が愛知県下において行うし尿等の収集、運搬の事業および愛知県市町村衛生船管理組合から委託を受けて行う業務等について有利便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼および将来も同様な取り扱いを受けたいとの趣旨のもとに、

1 昭和四四年一月下旬ごろ、名古屋市東区鍋屋一丁目二番地の一所在の喫茶店「ボンボン」において、前同人に対し現金二〇万円を無証文、無担保、無利息で貸与し、

2 同年六月ごろ、前同市中区七本松町二丁目一五番地所在のナゴヤゴルフ株式会社鶴舞店において、前同人に対しゴルフクラブ六本、キャディバック一個、スポーツシャツ一枚(昭和四六年押第六一号の一九ないし二一、時価合計約二万二、七〇〇円相当)を供与し、

3 別紙一覧表(四)記載のとおり、同年一月一七日ごろから昭和四五年八月二五日ごろまでの間前後六〇回に亘り、前同市東区豊前町二丁目七七番地所在の合資会社三宅石油店豊前町給油所において、前同人に対し、同人の使用する普通乗用自動車用のガソリン、オイル等(時価合計約七万九、一五二円相当)を供与し、

もつて、それぞれ前記早川明の職務に関して賄賂を供与し、

(五)  被告協会の取引先である合資会社三宅石油店をして同協会の自動車用ガソリンの代金を水増し請求させてその支払いのために振出された右水増し分に相当する約束手形および小切手を横領することを企て、別紙一覧表(五)記載のとおり、昭和四二年一月下旬ごろから昭和四四年五月下旬ごろまでの間前後一二回に亘り、いずれもその都度前同市東区水筒先町三丁目二五番地所在のみのる荘二一号室梅村圭子方ほか二ケ所において、被告協会のため業務上保管中の被告協会理事長加藤栄二振出名義の約束手形合計一〇通および小切手合計二通(額面合計一四九万四、〇〇〇円)をほしいままに右梅村圭子ほか二名に交付してそれぞれ横領し、

(六)  当時被告協会の会計係事務員として同協会の資金の出納保管、従業員の給与計算、会計帳簿の記帳等経理会計業務に従事していた雪下高子と共謀して、架空の従業員に対して給料等を支払つたごとく経理上処理し、該給料等に相当する金員を着服する方法により被告協会の事業資金を横領することを企て、別紙一覧表(六)記載のとおり、昭和四二年一月三一日ごろから昭和四五年九月三〇日ごろまでの間前後八九回に亘り、いずれもその都度前同市北区金田町六丁目一九番地所在の被告協会事務所において、被告協会のため業務上保管中の同協会の事業資金合計一、四四五万四、六一四円をほしいままに着服して横領し、

(七)  当時被告協会の会計係事務員として前同市中区千早町四丁目一九番地の一所在の同協会環境衛生センターに勤務し、同センターにおいて取り扱う被告協会の現金の出納等の業務に従事していた藤浪政子と共謀して、架空の経費の出金依頼書を作成したり、あるいは浄化槽の売上げ代金の入金を真実の入金額より僅少に記帳するなどして被告協会の事業資金を横領することを企て、別紙一覧表(七)記載のとおり、昭和四五年一月八日ごろから同年九月二九日ごろまでの間前後二一四回に亘り、いずれもその都度前同センター内において、被告協会のために業務上保管中の同協会の事業資金合計五〇万五、一〇八円をほしいままに着服して横領し

(八)  土井冨佐子の実母土井かねが転移性肝臓癌等を患い、前同市千種区田代町鹿子殿八一の一所在の愛知県がんセンターへ入院して、診療を受けるに当り、右かねの同センターに対する診療費等の支払いを免れようと企て、同女および土井冨佐子と共謀のうえ、土井冨佐子において、昭和四三年五月三〇日ごろ右センターへ赴き、真実は、右かねが被告協会の従業員ではなく政府管掌の健康保険の被保険者としての資格を有しないのにかかわらず、かねて不正に入手し所持していた右かねを被保険者とし事業所を被告協会とする健康保険被保険者証(記号北かき、番号二〇〇)を同センターの入院受付係員に提示して右かねの診療および入院方を申し込み、別紙一覧表(八)記載のとおり、同女が昭和四三年六月一〇日から昭和四四年一月一三日まで同センターにおいて合計六〇万三、九〇一円相当の入院診療を受けた際、前記土井冨佐子において、犯意を継続して、同表記載のとおり、情を知らない同センター総長事務取扱桑原幹根をして、昭和四三年七月七日ごろから昭和四四年二月七日ごろまでの間、前後八回に亘り、前同市中区不二見町二二番地所在の愛知県社会保険診療報酬支払基金において、同基金の幹事長である小山覚二郎または塚田武治に対し、右センターが政府管掌の健康保険の被保険者である右かねに対してなした療養の給付に対する診療報酬等の支払いを求めるものである旨の虚偽の請求をなさしめ、右幹事長をしてその旨誤信させ、その結果、同人をして、昭和四三年八月二三日ごろから昭和四四年三月二五日ごろまでの間、前後八回に亘り、右かねに関する診療報酬等として合計六〇万二、一〇一円を前同市千種区覚王山通九丁目一三番地所在お株式会社東海銀行覚王山支店にある愛知県がんセンター企業出納員西野鎌一名義の普通預金口座に同銀行本店から振替入金させて、右かねらが右センターに対して負担していた前記診療費のうち六〇万二、一〇一円の支払いを免れ、もつて財産上不法の利益を得たものである。

三、証拠〈略〉

四、法令の適用

被告人渡邊、同小櫃および同加賀の判示第一の(一)の1の所為中、愛知県伊良湖港の境界外一万メートル以内の水面に廃油を捨てた点は各刑法第六〇条、港則法第二四条第一項、第四一条第二号、同法施行令第一条に、同(一)の1、2、3(ただし、2につき被告人加賀を除く。)の水産動植物に有害な物を遺棄した点は包括して各刑法第六〇条、愛知県漁業調整規則第三二条第一項、第五八条第一項第一号に、右被告人三名の同(二)の所為は刑法第六〇条、第二五三条に、被告人渡邊の判示第二の(一)の1ないし4、同(二)、同(三)の1、2、3および同(四)の1、2、3の各所為は行為時法によればそれぞれ刑法第一九八条第一項、第一九七条第一項前段、昭和四七年法律第六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律による改正前の旧罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(もつとも裁判時法によれば、各刑法第一九八条第一項、第一九七条第一項前段、右の法律第六一号による改正後の新罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に該当するが、右は犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから刑法第六条、第一〇条により軽い前記行為時法の刑によることとする。なお、右いずれの場合にも同(一)の1および3については、さらに、同法第六〇条)に、同第二の(五)、(六)、(七)の各所為はそれぞれ包括して同法第六〇条、第二五三条に、同第二の(八)の所為は包括して同法第六〇条、第二四六条第二項に該当するが、右の第一の(一)の1の港則法違反の所為と愛知県漁業調整規則違反の所為とは一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い後者の愛知県漁業調整規則違反の罪の刑に従つて処断することとし、同罪および右の各贈賄罪につき、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人渡邊の以上の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により犯情の最も重い判示第二の(六)の罪の刑に併合罪の加重をした刑期ノ範囲内で被告人渡邊を懲役三年に処し、被告人小櫃および同加賀の以上の各罪は各同法第四五条前段の併合罪であるから各同法第四七条本文、第一〇条によりそれぞれ重い判示第一の(二)の罪の刑に各同法第四七条但書の制限内で併合罪の加重をした各刑期の範囲内で被告人小櫃および同加賀を各懲役一〇月に処することとする。なお、被告人渡邊は被告協会の代表者であり、同小櫃および同加賀はいずれも被告協会の使用人であつて、被告協会の業務に関し判示第一の(一)の1、2、3の各違反所為を敢行したものであるから、前記港則法違反の点につき同法第四五条、第四一条第二号、第二四条第一項、同法施行令第一条、刑法第六〇条、愛知県漁業調整規則違反の点につき包括して同規則第六一条、第五八条第一項第一号、第三二条第一項、刑法第六〇条をそれぞれ適用して被告協会を処断すべきところ、右の港則法違反の所為と愛知県漁業調整規則違反の所為とはさきに説明したとおり一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により結局重い愛知県漁業調整規則違反の罪の刑で処断することとし、同規則第五八条所定の罰金額の範囲内で被告協会を罰金一万円に処し、被告人渡邊、同小櫃および同加賀の三名に対し情状刑の執行を猶予するのを相当と認め各同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から被告人渡邊に対し五年間被告人小櫃および同加賀の両名に対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用して、証人羽賀秀雄、同竹下国義、同鈴木弘、同沢野義彦、同宇田川棲および同三浦琢二に支給した分は被告人四名の連帯負担とし、証人石黒義信および同石川久男に支給した分は被告人渡邊、同小櫃および被告協会の連帯負担とする。

五弁護人らの主張に対する判断

弁護人らの主張は多岐に亘るが、その主要なものについて、以下簡単に当裁判所の判断を示すこととする。

(一)  弁護人らは、まず本件港則法違反の事実について、港則法第二四条第一項で海洋投棄を禁じられているいわゆる廃油は昭和四五年一二月二五日施行の海洋汚染防止法第三条第八号に規定する船舶内において生じた不要の油を指称するのであるが、本件起訴にかかるいわゆる廃油は、当時名古屋市港区潮見町八番地所在の宝石油化学株式会社(以下、これを宝石油化学と略称する。)の油槽所の第二二号A重油タンクの底に残留していた重油と土砂、塵芥等に相当多量の石鹸水等を混入した油性混合物であつて、船舶内において生じた不要の油ではないから、右のいわゆる廃油は港則法第二四条第一項にいう廃油に該らない旨主張する。

しかしながら、港則法は港内の船舶交通の安全の確保と港内の整とんを図ることを目的として制定された法律であり、海洋汚染防止法は船舶および海洋施設から海洋に油および廃棄物等を排出することを規制し、船舶内において生じた不要な油の適正な処理を確保するとともに海洋の汚染の防止のための措置を講ずることにより海洋の汚染を防止し、もつて海洋環境の保全に資することを目的として制定されたものであつて、右の港則法とは、その立法目的を異にしているのであるから、海洋汚染防止法第三条に、廃油の意義について所論のような規定があるからといつて、これがただちに港則法にいう廃油と同意義であるというわけにいかず、かえつて港則法の右の立法目的などを勘案すると、同法にいう廃油とは単に船舶内において生じた不要の油にとどまらず、おおよそ港則法第一条の立法目的を阻害するおそれがあり、かつそれが一般に不要なものとして取り扱われる油または油性混合物のすべてを総称すると解するが相当である。そしてさきに掲記した判示第一の(一)の1に対応する各証拠を総合すると、被告人らが判示第一の(一)の1のとおり愛清丸から海洋投棄した物件は、被告協会が、当時所論の宝石油化学から所論の重油タンクの清掃を依頼され、その際該タンクの底に残留していた重油やこれと混つている泥その他の夾雑物中の油性分を中和するために混入した石鹸水との混合物であつたが、右の重油やこれと混つた泥その他の夾雑物はその油性分を右の石鹸水でも容易に中和できず、油性分を多分に残存した黒褐色のどろどろした油臭い粘稠性に富んだ液体で海面において浮遊または漂流し、あるいはその粘稠性によつて容易に船舶や浮標、桟橋等に付着し、船舶交通の安全の確保と港内の整とんを阻害するおそれのあるものであつたことが明らかであるから、該物件は所論にかかわらず港則法第二四条第一項所定の廃油に該当するといわなければならない。したがつて弁護人らの右論旨は採用できない。

(二)  次に弁護人らは、愛知県漁業調整規則違反の事実について、同規則第三二条第一項は漁業者および漁業関係者らを対象に制定されたものであつて、漁業者でもなくまた漁業関係者でもない被告人らが公海上でなした本件所為については、右の規則の適用はない旨主張する。

しかしながら、愛知県漁業調整規則(以下、これを本件規則と略称する。)は漁業法第六五条第一項および水産資源保護法第四条第一項の規定に基づいて愛知県地先海面における水産資源の保護培養ならびに漁業秩序の確立のための漁業取締りその他漁業調整を図る目的をもつて制定されたものであつて、本件規則第三二条第一項は、所論のごとく単に漁業者および漁業関係者らのみを対象として制定されたものではなく、何人に対しても水産資源の保護培養に有害な物を遺棄し、または漏せつする行為を禁止する趣旨であることは前記立法目的に照らして明白である。そしてまた前記各法律および本件規則の各立法目的等を総合考察すれば、本件規則の適用される場所的範囲は、愛知県地先海面であつて、愛知県知事がその取締りの実力を行使することが可能な海面であれば足り、それが公海上であるとの一事をもつて右規則の適用を免れ得ないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三五年一二月一六日判決・裁判集刑事第一三六号六七七頁および同裁判所昭和四六年四月二二日判決・刑事判例集第二五巻第三号四五一頁参照)。そして前掲の第二四回公判調書中の証人羽賀秀雄の供述記載部分および同人の検察官に対する供述調書、神原定夫の検察官に対する昭和四五年一〇月二五日付供述調書を総合すれば、被告人らが判示第一の(一)の1、2、3のとおり水産動植物に有害な廃油または廃液を投棄した場所は、いずれも判示認定のとおり、愛知県伊良湖港の境界から一万メートル以内の水面である伊良湖岬灯台より真方位一四三度八、六〇〇メートル付近の海面で、同所付近は愛知県漁業関係者にとつて有数な漁場であり、四季をわかたず多数の漁船が出漁操業する海面であるため、愛知県知事において従前から本件規則に基づく取締りの実力を行使していた場所であることが明らかである。それ故被告人らがいずれも漁業者や漁業関係者でなかつたとか、前記廃油または廃液を投棄した場所が、公海上であつたとかの理由で本件規則の適用を免れることはできない。したがつて弁護人らの右論旨はこれまた採用できない。

(三)  また弁護人らは、本件起訴にかかる程度の量の廃油または廃液を広大な海洋に投棄しても、それらは海水の自浄作用によつて浄化されるか、さもなくば海水で拡散稀釈されて、水産動植物に何らの害をも与えるものでもないから、右の廃油または廃液は、本件規則第三二条第一項にいう「水産動植物に有害な物」に該らない旨主張する。

しかしながら、判示第一の(一)の1、2、3の各事実に対応する前掲各証拠によれば、被告人らは判示第一の(一)の1、2、3認定のとおり短期間内に継続して多量の水産動植物に有害な廃油または廃液を海洋投棄したものであることが明らかであつて、これが所論のごとく僅少なものであるとはとうてい認められず、またさきに弁護人らの主張に対する判断の(二)の項ですでに説明したような本件規則の立法目的等を勘案すると、本件規則第三二条第一項にいう「水産動植物に有害な物」とは、水産動植物を死滅させるような物質はもちろんその成長を阻害して繁殖保護に著しい害を与えたり、魚類の来遊を害し、あるいは水産動植物に悪臭をつけるなどしてその価値をき損するような結果をもたらすような物質もまた広く総称すると解するのが相当である。そして判示第一の(一)の1、2、3の各事実に対応する前掲各証拠によれば、判示第一の(一)の1記載の廃油はさきの弁護人らの主張に対する判断の(一)の項で認定したとおりの廃油であり、また判示第一の(一)の2記載の廃液は岐阜県羽島郡川島町所在の医薬品の製造を業とするエーザイ株式会社川島工場において生産するビタミンEの製造過程から生ずるいわゆるVE縮合廃液とビタミンEニコチン酸エステルの製造過程から生ずるいわゆるENエステル廃液であり、判示第一の(一)の3記載の廃液は三重県四日市市川尻町一〇〇番地所在の合成ゴムの製造等を業とする日本合成ゴム株式会社四日市工場において生産する合成ゴムの製造過程から生ずるアルミニウム化合物とカルシウム化合物等を含有する廃液であつて、右の廃油および廃液はいずれも水産動植物を死滅させたり、またその成長を著しく阻害して繁殖保護に害を与えるものであり、右の廃油および廃液を海水等で稀釈してもその有害性は容易に失われないことが認められるので、右の廃液はいずれも本件規則第三二条第一項にいう「水産動植物に有害な物」に該当するといわなければならない。そしてまた本件規則第三二条第一項に違反する同規則第五八条第一項第一号の罪は右の規則第三二条第一項に違反して水産動植物に有害な物を遺棄し、または漏せつすることによつて直ちに成立するものであることは右の各法文上明白であるから遺棄または漏せつ後に右の有害物が海水等によつて拡散されて稀釈され、その有害性を若干失つたからといつて右の罪の成立を否定するわけにはいかない。したがつて弁護人らの右論旨はこれまた採用できない。

(四)  さらに弁護人らは、被告人渡邊らは被告協会の業務を行う際には常に監督官庁である愛知県衛生部の係官から行政指導を受けて来ており、本件海洋投棄の所為についても、右の係官の指導監督のもとにこれを行つたものであるから、これが違法性を欠く旨主張する。

しかしながら、当裁判所が取り調べた証拠を逐一し細に検討してみても、所論のごとく愛知県衛生部の係官において、判示第一の(一)の犯行当時前記廃油や廃液が港則法や本件規則で海洋投棄を禁止されている物であることを知りながら被告人らに対して右の廃油や廃液を海洋投棄するよう行政指導していたと認めるに足る証拠はこれを発見し得ない。もつとも第三三回公判調書中の証人早川明の供述記載部分ならびに第三九回公判調書中の証人岩田幹男の供述記載部分および同人の検察官に対する昭和四五年一〇月二一日付供述調書(ただし、五丁綴のもの)に徴すれば、昭和四五年二月三日ごろ愛知県市町村会館で開催された同県市町村衛生船管理組合のブロック会議の席上において被告人渡邊から愛清丸に積載するし尿が次第に減少してきているので同船に積載する補助積荷として、従来のし尿および浄化槽の汚泥のほかに、工場や事業所などから排出するいわゆる産業廃棄物の積載を認めて欲しい旨の申し出がなされた際、右会議に出席していた当時の愛知県衛生部環境衛生課環境整備係長兼同課技術補佐の早川明において、被告協会が愛清丸に右のいわゆる産業廃棄物を補助積荷として積載するのを黙認するかのごとき趣旨の発言をしたことが認められ、また証人石原和夫の当公判廷における供述および同人の検察官に対する昭和四五年一〇月二一日付供述調書(ただし、六丁綴のもの)に徴すれば、昭和四三年一二月ごろ当時宝石油化学の工場長をしていた右証人らが同会社の潤滑油の再生工場から出る硫酸ピッチや廃白土などの廃棄物の処理について愛知県庁の係官に相談するため、同県庁を訪れた際、同県庁の企画部公害課の当時の係長沢野義彦らが右証人らに対し被告協会や本美海運が愛清丸を運航して産業廃棄物の一部を海洋投棄していることを教示したことが認められる。しかしながら前掲各証拠を総合すると、早川明が前記ブロック会議の席上で前記趣旨の発言をしたのは当時同人が被告人渡邊から判示第二の(四)のとおり金品等を供与されていた関係上、同被告人に迎合してなしたものであることが明らかであるから、右発言をとらえて直ちに愛知県衛生部環境衛生課において、被告人渡邊らに対していわゆる産業廃棄物の海洋投棄を行政指導していたものであるというわけにいかないし、また証人沢野義彦の当公判廷における供述に徴すれば、昭和四三年一二月当時は産業廃棄物の処理に関する事項は愛知県庁内の衛生部環境衛生課の所管するところであり、右証人らの石原和夫らに対する前記教示は責任ある立場においてなされたものでないことが明らかであるから、沢野義彦らが石原和夫らの求めに応じて同人らに産業廃棄物を海洋投棄している業者名として被告協会や本美海運の名前を挙げ、これを教示したからといつて、その一事をもつてただちに愛知県企画部公害課の係官が被告人らに対し産業廃棄物の海洋投棄を指導していたというわけにいかないことはもちろん、同県衛生部環境衛生課において被告人らに対し所論のような行政指導をしていたことの証左とすることもできない。そうすると、弁護人らの右所論は、本件犯行当時愛知県衛生部の係官が被告人渡邊らに対し所論のような行政指導をしていたとする点において、すでにその理由がなく、記録を精査検討してみても、他に被告人らの判示第一の(一)の1、2、3の各犯行が違法性を欠くに至るような事情の存在を推認させるような証拠はこれまた発見し得ない。したがつて弁護人らの右論旨もまた採用できない。

(五)  宗本弁護人は、また被告人渡邊、同小櫃および同加賀の判示第一の(一)の犯行は、被告協会と関係なく、東海処理海運および愛知処理海運の業務に関して敢行したものであるから、右の犯行に関し港則法第四五条および本件規則第六一条のいわゆる両罰規定の適用を受けるべきものは、被告協会ではなく、右の東海処理海運および愛知処理海運である旨主張する。

しかしながら、判示冒頭および判示第一の(一)の1、2、3の各事実に対応する証拠を総合すると、所論の東海処理海運は被告人渡邊の発案で、昭和四四年三月二七日当時東京都においてし尿の海洋投棄等を業とする株式会社東海運輸の代表取締役であり、また日本清掃協会の会長であつた宇田川棲において約二〇〇万円、被告人渡邊において約一〇〇万円をそれぞれ調達出資して、資本金三〇〇万円をもつて設立されたのであり、また所論の愛知処理海運も、右の東海処理海運と同じころ、被告人渡邊の発案で設立されたものであるが、これら会社の設立準備はすべて被告人渡邊および同加賀においてこれを行つたものであること、東海処理海運の代表取締役には前記宇田川棲が就任したが、その監査役には被告人渡邊が就任し、被告人小櫃および同加賀はそれぞれ右会社の取締役になり、同会社の運営は当時すべての右の被告人ら三名に委ねられていたこと、東海処理海運および愛知処理海運の運営に伴う事務一切は、同各会社の設立以来、被告協会の事務所において、同協会の事務職員らによつて処理されていたが、これら事務職員に対する給料等はすべて被告協会から支給されており、右の東海処理海運および愛知処理海運からは全く支給されていなかつたこと、本件犯行当時愛清丸および中継船に積載していたし尿等の積荷はすべて被告協会の手によつて収集されたものであつたこと、さらには愛清丸の運営維持等の事務処理に対し愛知県市町村衛生船管理組合から支払われていた委託料金等は、同組合から被告協会に直接支払われ、被告協会においては、そのすべてを自己の収入として計上処理していたことなどが認められる。以上認定の事実関係と判示冒頭において認定した東海処理海運および愛知処理海運の設立目的およびその経緯等とを併せ考えると、東海処理海運および愛知処理海運は、被告協会がその業務を産業廃棄物の海洋投棄業務にまで拡張するについて愛清丸および中継船の運航を自己の手に掌握してし尿等の輸送および海洋投棄の業務を一貫して円滑に遂行するために設立されたものであつて、形式的には、被告協会がし尿等の艀船による愛清丸までの中継輸送業務を愛知処理海運に委託し、し尿等を愛清丸によつて沖合まで輸送したうえ海洋投棄する業務を東海処理海運に委託するという形式をとつていたが、その実質は、東海処理海運および愛知処理海運はともに被告協会の海上部門を担当していたにすぎず、それら会社の行う業務には被告協会の事実的支配が及んでおり、その業務は被告協会の計算のもとに行われていたことが明らかであり、また被告人渡邊、同小櫃および同加賀らはいずれも判示第一の(一)の1、2、3の廃油および廃液の海洋投棄を被告協会の業務として敢行する意思でこれを行つたものであることもまた明白である。それ故被告人渡邊、同小櫃および同加賀らのなした判示第一の(一)の1、2、3の廃油および廃液の海洋投棄は、被告協会の業務に関してなされたと認めるのが相当であり、これと異る見地に立つ弁護人の右論旨は採用できない。

(六)  なお、弁護人らの爾余の論旨についても十分検討を加えたがいずれもその理由がなく、その各論旨は刑事訴訟法第三三五条第二項の主張であるとも認められないので、その余の判断の詳細はこれを省略する。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(藤本忠雄 竹澤一格 樋口直)

別紙一覧表(一)〜(八)〈省略〉

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